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いすゞ

- 旧車 絶版車いすず/117クーペ/2000XG/DOHC/5速(同型車次回入庫予想)2007年頃680000円
- メーカー名いすず車種名117クーペ グレード名2000XG年式昭和54年式 走行距離110000キロ車検有効期限19年2月 ボディタイプ2ドアクーペ色シルバー 修復歴あり(右Fインサイドパネル、コアサポート修理)整備記録簿 引渡し条件現状・登録OK所有者履歴 ミッションフロア5速型式E−PA96排気量2000cc装備1純正アルミホイール装備2エアコン乗車定員4名装備3 備考 1colle旧車セールスポイントジウジアーロの秀作!エリア「関東埼玉」 【言葉は無意味】昭和41年、「ジュネーブショー」において流線型な1台の車が話題を集めた。 当時、ヒルマンミンクスをノックダウン生産して地力をつけ、ベレットやフローリアンなどを世に送り出した「いすず」の力作。開発コードから、その名が決定した「117クーペ」である。ちなみに117セダンとはフローリアンを指すが、この小柄なクーペは、単に117のクーペ版という意味合いだけであまりある重責を背負っていた。それは「国産乗用車初のDOHCエンジン搭載」であったり、「国産乗用車初の電子制御噴射装置搭載」であったり、そして、そのデザインは若き日のGジウジアーロ。40年経過してもなお、輝きを増すそのデザインは、自動車の歴史の中で、永遠に語り継がれる秀作である。ただ問題点は、その流線型のボディラインを量産できるだけの技術が、当時存在しなかったということである。しかし何としてもフラッグシップカーである、117クーペを世に送り出したい、いすず陣営の取った手段とは・・・ なんと、半分人の手によって叩き出す板金技術。つまり「ハンドメイド」。このような非効率的な生産では、当然採算に合うわけも無かったが、いすずにとって、この上ないフラッグシップカーは、昭和43年日の目を見ることとなる。価格は172万円。当時の高級車群よりも、50万円以上高価と言えば、その破格さがわかるというものだ。少数の生産、そして高価・・希少価値と人気度はうなぎ昇りであった。 途中、量産体制が整い、幾度かの意匠変更が施されたが、ベースはそのままで、昭和56年に後続の「ピアッツァ」にバトンタッチし、絶版となり、13年間の歴史に幕を引く。さて、現車を見てみよう。後期角目のDOHCグレード「XG」。洗練されたデザインは、今見てもただ美しいばかりだ。Gジウジアーロがピアッツァを後継車と認めたがらなかった理由がここにある。ナルディ と モモ が視界に入ると、すっかりあの頃に戻っている。117のミニカーをウットリ眺めていたあの頃。そんな時代を生きた人も多いと思う。こういう車は、性能うんぬん・・ひけらかすのは、、無意味だ。だって発するオーラが違うのだから、言葉はいらないのかも知れない。